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熊本地方裁判所玉名支部 昭和61年(ワ)45号 判決 1991年1月29日

原告 久山勝

<ほか三名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 馬奈木昭雄

右同 三溝直喜

右同 小宮学

被告 長洲漁業協同組合

右代表者理事 川本幸昭

右訴訟代理人弁護士 竹中敏彦

主文

一  被告が熊本県玉名郡長洲町大字長洲地先の北防波堤移設工事等による損失補償金の配分につき、昭和六一年三月二九日になした「原告久山勝、同久山勝紀、同小柳松子に対し各金一三二万一七六三円、原告浜口助有に対し金二七万七六〇〇円を配分する。」旨の決定は無効であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、被告長洲漁業協同組合の組合員である。

2  訴外熊本県と被告は、被告が有する区画漁業権(有区第三号)、共同漁業権(有共第三号)の区域内である玉名郡長洲町大字長洲地先において、県が施行する北防波堤移設工事等に伴う損失補償につき、昭和五七年一二月二五日契約を締結し、熊本県は被告に対し金二億五七五〇万円を支払った。

3  右損失補償金につき、被告は漁業補償配分小委員会を作って配分案を作成し、昭和六一年三月二九日被告の役員会において配分案を承認したが、右配分案は別紙配分案記載のとおりである。

被告は、右役員会の決定(以下「本件配分決定」という。)に基づき昭和六一年四月三日より各組合員に対し配分金の支払を開始した。

4  役員会が決定した本件配分決定によれば、原告久山勝、同久山勝紀、同小柳松子は各金一三二万一七六三円、原告浜口助有は金二七万七六〇〇円の配分を受けることとなっている。

5  しかし、右配分は以下に述べるように無効である。

まず、第一に漁業補償配分小委員会が作成した漁業補償金の配分の基準については、役員会で承認されたのみで、被告組合の総会においては何ら決議されていない。

しかし、各人への配分を正式に決定するためには組合総会の特別決議が当然必要であり、総会の議決を欠く配分は無効である。

実務例としても、昭和四五年一一月二一日付水産庁漁政部長より熊本県水産主務部長に宛てた通知において、「配分委員会等で作成された漁業補償金の配分の基準は、漁業協同組合の総会の議決により正式に決定するものとする。なお、この配分基準については、個々の組合員からもこの配分の基準の内容に同意する旨の同意書の提出を得ておくものとする。」とされており、個々の組合員の同意まで要求されているものである。

6  さらに、本件配分決定の配分基準によれば、妥結時(昭和五七年一二月二五日)の正組合員に一定の割合が配分されることになっているが、当時の正組合員の組合員資格を有しないものまで配分が行われている。

右当時正組合員の資格を有しない者はおそらく五〇名以上にのぼるものと推測される。

そして、右妥結当時に長洲町町長であった福永一実についても町長として何ら漁を行っていなかったにもかかわらず正組合員として配分を行っている。

従って、妥結当時の正組合員に配分を行うと決定されたのであれば、当然組合員の資格審査を行ったうえ、その資格に応じて配分を行うべきであるにもかかわらず、資格審査をしないまま正組合員資格のない者にも配分しているため、原告らをはじめとする他の正組合員の配分金額が不当に少なくなっており、この点からも配分は無効である。

7  配分基準の点数の設定の仕方及びそれに対する個人別の配分作業も合理性を欠いている。一例をあげれば、あさり採貝業者で一年に僅か一〇数日行った者でも三年間で四〇点と評価されている。

8  以上のとおり、被告の行った原告らをはじめとする各組合員に対する配分は無効であるが、被告は配分を強行したので、原告らは被告に対し、正当な正組合員に対する適正な配分を求めるため、請求の趣旨記載の原告らに対する配分が無効であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実はおおむね認める。

なお、昭和六一年三月二六日の配分小委員会の案(訴状添付の配分案)を、同年三月二七日、二八日の配分委員会において若干修正して(修正したのは、前文が「漁業補償金に金利を含めた総額から必要経費を引いた残りの金額を下記事項に基づき配分する。」と追加された点、2―2の漁業従事者につき「昭和五七年度、五八年度、五九年度、六〇年度の四年間を対象に従事日数等により下記のとおりの段階の点数とする。」と追加された点である。)決議した。

3  同4の配分金額は認める。

ただし、各金員は、役員会で承認を受けた経費を引いた残りの金額の配分である。

4  同5の事実は争う。

配分小委員会の配分基準は、配分委員会において前記2のとおり若干修正をうけて役員会の承認を得たものである。

さらに、昭和五七年一〇月九日開かれた臨時総会において

(一) 県が実施する長洲港整備に伴う有共第三号共同漁業権漁場の一部(約一四、〇〇〇平方メートルの新防波堤)消滅及び有区第三号区画漁業権漁場の一部(約五六、〇〇〇平方メートル)消滅について

(二) 前記漁業権消滅に伴う補償金二億五七五〇万円の承認について

(三) 漁業補償金受入れに伴う契約又は他の要件での覚書等の締結を役員会に一任することの承認について

(四) 漁業補償金の請求並びに受領に関する権限を組合長理事中山正賢に一任することの承認について

(五) 漁業補償金の配分処理を役員会に一任することの承認について

(六) 有区第三号、有共第三号漁業権変更申請承認について

それぞれの各議案が審議され、(一)、(二)については(無記名)投票総数二五四、賛成一八〇、反対六五、無効九の多数決をもって承認し、他の案件も過半数の賛成をもって承認されている。

よって、右配分は無効とはいえない。

また、原告ら主張の実務例については、不知。少なくとも被告組合には昭和四五年当時原告ら主張のような通知はなされていなかった。

5  同6の事実は争う。

被告は、正組合員に対して配分しており、非組合員には配分していない。過去二回にわたる漁業権消滅に伴う漁業補償においても、また影響補償(第三水俣病に関連した昭和四八年の補償)においても、いずれも形式的組合員資格を有するものに補償金を配分したが、これが被告の慣行である。

町長であった福永一実も、正組合員であったのでその均等割四九万一三九七円が支払われている。

原告らの「資格審査をしないまま正組合員資格のない者に配分した。」との主張も争う。

被告組合において資格審査委員会が発足したのは昭和五八年五月二二日の通常総会においてであるが、そのあと資格審査委員会においても右福永一実は有資格者とされている。

資格審査委員会発足前においても、理事会において組合員資格の有無の判断はなされていたが、その場合本人の条件のみならず、家族、後継者のそれもふまえて弾力的判断をしてきており、年間一二〇日の漁業実績を杓子定規に適用してはこなかったし、その点現在も同様である。

原告らは、「正組合員の資格を有しない者は数十名にのぼると推測される。」旨述べているが、これらの者は五九名であり、被告はその全員を昭和六一年三月二八日現在において正組合員の資格ありと認めている。そして、右五九名は「漁業補償配分に関する決議事項」による配分点数は全員ゼロであるが、ただ右配分決議の一項にある「漁業補償金の五〇パーセントを妥結当時の正組合員に均等割りで配分する。」とされたので、その結果最低の四九万一三九七円の配分を受けたにとどまる。

さらに、右五九名は、全員正組合員としての賦課金を毎年支払っており、その意味で漁協に対する貢献をしてきている。

そして、出漁日数の多い者が必ずしも漁協に対する貢献が大であるとはいえない実情にある。過去の漁協の漁業補償の経過からも、操業日数の実情(たとえば、採貝についての年操業日数は昭和五九年度一一日、同五八年度六日、同五七年度、同六〇年度はいずれも零である。)からしても、操業日数のみを基準として配分するわけにはいかなかったものである。

また、操業日数の計算については究極において社会通念により判断せざるを得ず、すべて機械的に日数を計算せねばならぬものではなく、弾力的な解釈が許されるべきである。

従って、原告らが資格がないと主張する町長についても「一時的事由により心ならずも漁業に携わることができなくなった。」「経営のため頭を使い采配を振るっている。」という条件には該当するので、正組合員の資格ありと判断できる。

6  同7の事実は争う。

あさり資源保護の観点からあさり採貝者の自主規制をしているので、年平均して二〇〇日とか三〇〇日とか採貝する者はいない。せいぜい年二、三〇日位である。

従って、右のように漁業の事情で出漁制限をしているものについては、「災害等の事由で出漁できなかった期間」に該当するものと考えられるので、操業日数に含めるべきである。

三  被告の主張に対する原告らの反論

被告は、総会で漁業補償金の配分処理を役員会に一任する旨決議しているが、右決議はあくまで配分案の作成を役員会を一任する旨決議したものに過ぎない。

被告は総会の特別決議によって配分方法を具体的に決むべきであるが、右決議はなされていない。

また、総会における補償金額の承認が配分方法についての承認とならないことは明らかである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2、3(ただし、別紙配分案のうち、前文が「漁業補償金に金利を含めた総額から必要経費を引いた残りの金額を下記事項に基づき配分する。」旨、2―2の漁業従事者につき「昭和五七年度、五八年度、五九年度、六〇年度の四年間を対象に従事日数等により下記のとおりの段階の点数とする。」旨それぞれ追加された点を除く。)4の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らの本件配分決定の無効の主張について検討するに、漁業協同組合に支払われた漁業権消滅に伴う補償金の配分については、総会の特別決議によってこれを行うべきであるが(最高裁判所第一小法廷平成元年七月一三日判決、民集四三巻七号八六六頁参照)、このことは総会が自ら配分手続の一部始終を直接行わねばならないことを意味するものではなく、総会の決議により既存の役員会等を利用したり、あるいは、新たに配分委員会等を設置して、配分基準の設定を含む配分作業を行わせることは、配分作業の技術的な性質からしてもむしろ合理的であって是認されるもので、その場合それらの機関の決定は総会の決議と一体をなすものと解するのが相当である。

原告らは、被告が総会で漁業補償金の配分処理を役員会に一任する旨決議しても、右役員会の配分案をさらに総会の特別決議で議決すべきである旨主張する。確かに右原告ら主張のような手続が最も望ましいものであることは勿論であるが、配分基準の設定を含む配分作業が複雑で極めて技術的である点等を考慮すると、原告ら主張のような手続は必ずしも必要ではなく、総会の特別決議によってその配分手続を役員会等に委ね、右委任によって役員会等が具体的な配分を決定した場合は、右役員会の配分決定は総会の決議と一体となって有効な配分と解されるので、右原告らの主張は採用できない。

そこで、本件についてこれをみるに、被告は、昭和五七年一〇月九日開かれた被告組合の臨時総会において、原告ら主張のような漁業権漁場の消滅及び右漁業権消滅に伴う補償金の各承認については三分の二以上の特別決議によって承認されたが、漁業補償金の配分処理を役員会に一任することについては単に過半数の賛成をもって承認されたに過ぎない旨自認し、《証拠省略》によっても右の各事実が認められる。

しかし、本件全証拠によっても、補償金の具体的な配分について被告組合の総会の特別決議を経たことや、役員会の本件配分決定をその後の総会において特別決議により承認したと認めるに足りる証拠はない。(《証拠省略》によれば、昭和五八年五月二二日の被告組合の総会において、港湾改修に伴う補償金の内払については特別決議がなされているが、右は本件補償金の配分に関するものではない。また、補償金額承認の特別決議が配分方法についての承認とならないことは明白である。)

以上のとおりであるから、被告組合の総会では漁業補償金の配分処理を役員会に一任する旨の多数決による決議はなされたが、右決議は三分の二以上の特別決議によるものではない。

そうとすれば、右総会の単なる多数決によって設置された役員会において本件の配分決定がなされたとしても、右決定はそのままでは効力を生ずるに由ないものというべきである。

しかし、右のような役員会による無効な配分決定も、その後の総会において特別決議によって承認された場合は有効となるものと解されるが、さきに認定のとおり右のような特別決議がなされた事実は認められないので、役員会の本件配分決定は結局無効というほかはない。

よって、その余の点について判断するまでもなく、総会の特別決議を欠く本件配分決定は無効である。

なお付言すれば、原告らは、本件配分決定は正組合員の資格を欠く組合員にも正組合員としての配分が行われているので無効である旨主張するところ、いずれも《証拠省略》を総合すれば、被告組合の資格審査委員会の正組合員、準組合員の認定については、特にその操業日数の算定について一部恣意的とみられる点が窺われ(個々の組合員に対して判定するには、なお相当の証拠調が必要である。)、ひいてはそのままでは本件配分が無効となることも考えられない訳ではない。(もっとも、操業日数の計算については、社会通念に照らして弾力的に判断すべきであり、特にあさり採貝者については被告において自主規制をしているので、特別な配慮が必要であろう。)

そこで、今後の再配分の作業においては、以上の諸点について法や定款に沿うよう、より厳格な資格審査が望まれる。

三  以上の次第であるから、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤高正昭)

<以下省略>

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